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伝統菓子・地方菓子- Traditional confectionery -

シェフの思い出の菓子

鎧塚 俊彦(トシ・ヨロイヅカ)2015年07月30日

トシ・マンデル・クローネ Toshi Mandel Krone

パティシエとなって6年が過ぎた頃、ずっと抱いていたヨーロッパへの憧れを現実のものにする機会がやってきました。そして渡ったスイス。シャッフハウゼンという町のエルマティンガー氏の店が私の着陸地でした。地元の名士である彼はとても温かな方で、一家で親身になって私の面倒を見てくれました。スタッフ にも恵まれ、私もそれに応えるよう懸命に仕事をし、ドイツ語の勉強にも精を出しました。労働体制の整ったスイスのこと、勤務を終えた後に、仲間とライン川で泳いだ楽しさは忘れられない思い出です。

しかし全てが順調と信じていた矢先、エルマティンガー氏から「君の労働ビザを取得することはむずかしいので、3ケ月が経ったら一旦帰国してほしい。それ以降は別の店を紹介するから」と通告されたのです。一転、奈落の底に突き落とされた思いでしたが、私は「自分を試してください。お店のショーケースのひとつを私に任せてください」と食い下がり、そこに並べるオリジナル商品の試作に明け暮れることになったのです。
進退を賭けた期限付きの挑戦に、かえって私は闘志を燃やし、それまでに身につけたありったけの技術とセンスをお菓子にこめました。当時主流であった、複雑な構成のアントルメ。エレガントな飴飾りで仕上げ、自信をもってケースに並べたのですが、ところがこれが一向に売れません。一日、二日と過ぎる中、さすがの私も焦りを隠せませんでした。何がいけないのだろうと。

そのうち、私のお菓子は美しくはあっても、おいしそう、とお客さんの食欲をダイレクトに刺激するものではないんだ、と思い当たったのです。なじみのある素材、ぬくもりを感じさせる味、また食べよう、と思わせる価格..。そしてようやく生まれたのが折りパイ生地にアーモンドクリームをつめ、シナモンをきかせたシュトロイゼルをかけて、しっかりと焼き上げたお菓子でした。粗熱も取れないままに、エルマティンガー氏に差し出すと、彼は即座に「おいしい!合格だ」と。そして氏によってこのお菓子は「トシ・マンデル・クローネ」と名づけられたのです。
今度は店でも評判がよく、氏の尽力のおかげビザも取得できて、以後7年余りを欧州で過ごせたわけですから、このお菓子は私のパティシエとしての原点。一生の宝と思って、ずっと作り続けていきます。