島田 淳一(ドゥース・フランス ビゴの店)2015年07月30日
パン・ドールPain d’or
パン・ドールは「金色のパン」という通り、卵黄とバターがたっぷりのリッチなパンです。もとはイタリアのもので、あちらではパン・ドーロと呼ばれています。
私がパン職人を志したのは大学を終えてからで、学生時代にアルバイトで入ったパン屋さんの厨房で目にしたパンが作られていく様子に、とても興味をひかれたことがきっかけです。卒業を前にパン屋になる気持ちを固め、製菓学校に入り直しました。学校に通う傍ら、おいしいと評判のパン屋さんを巡っては、いろいろと食べて自分なりに勉強をしていたのですが、そこで出会ったものの一つがビゴのパン・ドーロでした。それまで見たこともなかった形でしたし、「パンにしては値段が高いなぁ」とも(笑)。ところが一口食べた瞬間に衝撃が走りました。繊細で上品、でもなんともいえず深みのある味わいに、こんなパンもあるんだ、と驚き、いつかこんなパンを作れたらと憧れましたね。この味に触発されて、ビゴの扉をたたいたというわけです。
パン・ドーロはイーストを使わずルヴァン種だけで作ります。ルヴァン種というのは小麦粉と水をこねたものを数時間発酵させ、それに粉と水、モルトなどを合わせて都度リフレッシュして使っていくものですが、繊細でもしっかりとした生地ができあがります。よく「パンは生きもの」といい、季節はもちろんのこと、その日の温度や湿度に左右されるものですが、中でもパン・ドーロは、生地の扱いに微妙な調整が必要な、むずかしい部類のパンだと思います。実際、このパンを手がけることができたのは、入社から5年が過ぎた頃。感激もありましたが、同時にプレッシャーを感じたことを覚えています。今、この店のパン・ドーロは私が担当しているのですが、毎日同じ人間が扱わないと、日ごとの生地の違いや加減がわかりにくいんですね。でもそれだけに完成したものは、しっかりと熟成された、すばらしく深い味わいが出てきます。見た目や味わいはやさしいですが、私は「芯のあるパン」だと思っています。
食べ物を作るのに素材は大切ですが、パン作りにおいてはむしろ、素材の状態に適した手をかけてやる、その工程が大事なのではないでしょうか。ただ、どんな複雑なプロセスを経たとしても、私が目指すのは「飽きない味」。ベーシックで当たり前においしいパンを焼き続けていきたいですね。